椋野美智子の研究室にようこそ

椋野美智子の研究室にようこそ。この部屋では、社会保障や地域と福祉について椋野美智子がかかわったこと、考えたことをお伝えしていきます。

2018/02/04

社会に還流する脳科学、そしてソーシャルワーカーの工夫



副会長を務める日本医療社会福祉学会は201799日・10日に第27回大会を開催しました。大会を終えて会員向けの日本医療社会福祉学会ニュースの巻頭言で述べた内容を紹介します。
日本医療社会福祉学会では「社会に還流する脳科学、そしてソーシャルワーカーの工夫」をテーマに掲げて、第27回大会を盛会裏に終えました。
チャレンジングなテーマでしたが、基調講演では、虫明元先生がヒトの多様性とその背景にある脳の仕組みについて、最新の脳科学の知見をわかりやすく社会に引きつけて提示くださいました。排除を受けると脳の痛みにかかわる部位が実際に活動すること、事物にかかわる集中する脳「エグゼクティブネットワーク」と、人にかかわる想像する脳「デフォルトモードネットワーク」が、シーソーのように交替で活動していることなど、次々に披露される脳科学の知見は、社会福祉を専門とする者にもきわめて興味深いものでした。
続くシンポジウムでは大熊由紀子氏の絶妙なコーディネートによって各分野の創造的なソーシャルワークの事例が引き出され、そして、その一つひとつの取組みがまた虫明先生によって脳科学の知見に結び付けて根拠付けられていき、まさに知的刺激に富んだスリリングな展開の1日目でした。
 2日目の事例部会では、磯野真穂氏が、会場の参加者も含めたソーシャルワーカーと対話しながら、一つの事例をじっくりと文化人類学さらには脳科学の視点も交えて照射してくれました。顕れてきたのは、「自宅」を交換可能な「空間」とみる他の医療スタッフと、固有の意味をもつ「場」とみる患者とソーシャルワーカーの違い、「患者のために」物語を書き換えてしまう他の医療スタッフと、「抵抗」という形でしか自己の物語を描けない患者の、その「抵抗」の中に能動性を見出し喜びとするソーシャルワーカーの違いでした。もちろんそれは善悪の問題ではなく、一般化しシステム化する視点、一人ひとりの固有の生に固執する視点、その両者とも、まさに脳の異なるネットワークに裏づけられた、医療にも社会にも必要な視点であり、創造性の源なのです。

 創造的なソーシャルワークを

 高齢化・人口減少が進むなか、福祉政策では、地域の重要性が増しています。しかし、管理され均質化された病院や施設と異なり、地域はまさに多様であり、そこで行われるサービスや支援の詳細を制度でつくりこむことは限界に来ています。従来、ともすれば制度の枠内での支援の当てはめに終始する援助者も多く、制度もそれを前提としていましたが、最も新しく創設された社会福祉制度である生活困窮者自立支援制度は、包括的・個別的、早期的・継続的、分権的・創造的な支援を援助者に求めており、これは今後の社会福祉制度の基本的方向性を示すものと考えることができるでしょう。今大会のテーマに引きつけていえば、制度の本質は一般化・システム化することにあり、それを固有の意味を持つ人の生に引き寄せて活用するのは、現場の援助者たちの役割です。創造的なソーシャルワークへの期待は大きくなっています。
今大会のテーマは、ソーシャルワーカーの工夫=創造性の特徴を脳科学や文化人類学という他領域の知見の光を充てることにより可視化し、自らの創造性を磨くとともに、他領域の者にも説明可能なものとして言語化しようとしたものでした。それは、常に多様な専門職と協働する保健医療分野のソーシャルワーカーがその協働の質を高める上でも重要なことです。どこまで成功したかは参加者お一人おひとりの判断に委ねるしかありませんが、このチャレンジングな企てに参加することによって受けた様々な知的刺激を糧として、会員の皆様がその実践、研究に、より一層の創造性を発揮されることを願っています。
最後になりましたが、基調講演の講師を務めていただいた虫明元先生はじめ講師の方々、大会実行委員、参加いただいた会員の皆様、そして会場をご提供くださった上智大学に心から感謝申し上げます。

2018/01/24

保健医療分野における創造的ソーシャルワークの実現に向けて



日本ソーシャルケアサービス従事者研究協議会の賀詞交歓会で日本医療社会福祉学会副会長として述べたスピーチを紹介します。
私はもともと社会保障、福祉の政策研究を専門としておりますが、1989年の最初の医療ソーシャルワーカー業務指針作成を厚生省で担当したご縁から本学会に参加いたしました。
従来、ソーシャルワークの研究と福祉政策の研究は必ずしも十分な連携をとられることなく進められてきました。しかし、医療・介護においては地域包括ケアシステム、福祉においては地域共生社会の実現に向けて諸政策が進められております。
管理され均質化された病院や施設と異なり、地域はまさに多様であり、そこで行われるサービスや支援の詳細を制度でつくりこむことは限界に来ています。
従来、ともすれば制度の枠内での支援の当てはめに終始する援助者も多く、制度もそれを前提としていましたが、今後は、一人ひとりのニーズに合わせて制度を使いこなし、必要とあればその改善を提言する、創造的なソーシャルワークへの期待が大きくなっています。そして制度にはそれを可能とする設計が求められています。
つまり、ソーシャルワークと福祉政策が研究においても実践においても、より連携を強めるべき時代になってきているのです。
日本医療社会福祉学会は小さな学会ですが、保健医療分野においてこのようなソーシャルワークがよって立つ基盤となれる研究を今後とも進めてまいりたいと考えております。
ご参会の皆様方のご指導ご協力を賜りたくお願い申し上げて、日本医療社会福祉学会からのご挨拶とさせていただきます。

2017/12/23

幼児教育無償化と介護保険



にっぽん子育て応援団のメールマガジンの巻頭言に、幼児教育無償化を老人医療費無料化と比べて書いた内容を紹介します。


128日に2兆円の政策パッケージが閣議決定され、3歳から5歳までの幼稚園と保育所、認定こども園の利用料と、0歳から2歳までの住民税非課税世帯の利用料が無償化され、待機児童解消のための受け皿づくりも前倒しされることになりました。

子どものために財源が確保されたのはよかったのですが、社会保障の研究者としては1973年の老人医療費無料化が思い起こされてなりません。外来のサロン化と社会的入院の増により医療費が激増し、本来取り組むべき予防のための保健事業開始まで10年、ゴールドブランによる介護サービスの整備開始までは16年、さらに介護保険創設までは27年の年月が費やされました。

今、介護は、サービスが必要になったとき、ケアマネが来てくれ、利用のマネジメント、申請代行、事業者との調整をしてくれます。希望の施設に入所できない場合は、代わりの介護保険サービスを紹介しアレンジしてくれます。介護保険にもさまざまに問題はありますが、子育て支援は全然そこまで行き着いていません。

今回の政策パッケージだけではまだまだ子育ての課題は解決しません。待機児童の解消はもちろんですが、放課後児童クラブや地域子育て支援事業、虐待防止や社会的養護、子どもの貧困への対応など、応援団はこれからも力いっぱい子育てを応援していきたいと思います。

2017/11/29

幼児教育の無償化と世界の潮流


幼児教育の無償化と世界の潮流で講演しました。その資料を紹介します。

























2017/10/03

地域の魅力を考える~地域づくりと移住、大学、政策~

5月20日に大分市のホルトホールで社会政策関連学会協議会主催の「地域の魅力を考える-仕事と暮らしを支える社会政策とは―」というシンポジウムがありました。そこで指定討論者として、発表した内容を紹介します。

大分県の地域としての特徴

大分県の人口は約116万人、おおむね日本全体の人口の1%です。65歳以上人口は31.2%、75歳以上は16.2%、全国に比較して高齢化が進んでいます。
地形は山がちです。そのせいか江戸時代末期は7藩8領にも分かれていました。市町村数も、今は18ですが、平成の大合併の前は58に分かれていました。
その特徴は、産業にも影響しています。第1次産業では1961年に「梅栗植えてハワイに行こう」のキャッチフレーズで、米から果樹への転換を打ち出した大山農協が有名です。その取り組みは後に「一村一品運動」として海外にも広がりました。漁業ではご存知の「関アジ、関サバ」もあります。
第2次産業では、1964年に始まった大分市の臨海工業地帯が「新産都の優等生」と称され、今でも世界最大の溶鉱炉を持つ新日鉄住金などの工場が元気に稼働しています。
第3次産業では、特に近年「おんせん県おおいた」のキャッチコピーで観光地としての知名度を上げています。

大分大学福祉科学研究センターでの地域研究

私が2008年から2015年まで在任した大分大学福祉科学研究センターでは、①福祉と他分野との連携、②福祉に関する地域との連携の2本の柱を掲げて研究を進めてきました。
他分野との連携としては、福祉と医療はもちろんのこと、福祉と農業、福祉と建築、福祉とアートなどの研究を進めてきました。地域との連携では、高齢化が進む郊外住宅団地、中心市街地、農村地域で調査研究と実践を行いました。地域コミュニティは人と出会うことから始まるとの考えから、朝市やコミュニティカフェ、移動支援などの実践にも地域の人たちと一緒に取り組んできました。http://www.hwrc.oita-u.ac.jp/publication/index.html#p-01
私は、退職後も大分大学の客員研究員として地域研究を続けており、今回のシンポジウムでは、そのなかから3つの事例を紹介しました。

国東市の住民の地域支え合い事業




国東市の住民による地域支え合い事業についてはこのブログでも何度か紹介してきました。上国崎と竹田津の2地区で住民ボランティアによるカフェと移動支援が始まっています。
「地域の支えあいをどうつくるかー国東市のくらしを考える勉強会」
「介護保険を活用して地域に移動支援を―その2」
2016年1月から先進地視察、勉強会等を重ねて1年後の2017年1月に、住民ボランティアによる月12回のカフェと月2回の送迎付き食事会の実施が始まりました。市も4月から介護保険の一般介護予防事業として助成しています。
5~6月にかけてほぼ毎週、全7回の勉強会に両地区とも50名前後の住民が参加し、カフェなどの活動への参加者も増加しています。この成功の背景には、センスとフットワークのいい社会福祉協議会の職員、住民の信頼が厚いまとめ役がいたこともありますが、何より住民の間に強い危機意識があったこが挙げられます。国東市は人口28,215人 65歳以上が41.2%、 75歳以上が24.2%です。上国崎地区は人口510人、65歳以上が53.9%で、2000年からの10年間で人口が20%以上減少しています。竹田津地区は人口1,050人 65歳以上が51.5%で、2000年からの10年間で人口が10%以上減少しています。


10年後の地域を支えるのは誰?

私はカフェを訪れた時に60歳代と思えるボランティアの女性から言われた言葉が忘れられません。「今は私たちが支えます。10年後の私たちを誰が支えてくれるのでしょうか」
その答えはたぶん若い世代の移住・定着を進めることにあるのでしょう。
上国崎の地域の方から学生と交流したいとのご提案をいただき、大分大学の都市計画研究室をご紹介したことがありました。学生たちが1泊2日で調査に訪れ、地域の方に振興策の提案をしました。送迎のバス、宿泊、食事まで本当にお世話になり、学生たちは田舎のおじいちゃん、おばあちゃんとのように交流を楽しんでいました。別れ際に涙ぐんでいた学生もいたようです。
その時の学生の提案の中に「この地域の魅力は人、短期滞在で知ってもらって移住につなげる」というものがありました。地域の魅力が自然よりも食べ物よりも「人」にあること、そして地域の振興も「人」に移住してもらうことにあること、若いセンスは何より「人」が大切なことを見抜いていました。


もちろん、移住者へのまなざしは必ずしも最初から暖かいわけではありません。別の地区ですが、こんな声を聞きました。
「隣の空き家に若い人が越してきたが、どんな人か不安だった。地域の寄合ではもっぱらその話でもちきり。そのうち、その人が耕作放棄地にオリーブを植え始めた。入院した近所の人の犬を散歩させていた。 耕作放棄地は見慣れた風景になっていたし、入院したことも犬がいたことも知っていたが犬の散歩まで思いが及ばなかった。移住者への見方が変わった。オリーブの世話を手伝う住民も出てきた。」
移住は一朝一夕には進みません。でも、少しずつがいいのです。そして、10年後の地域はきっと移住者に支えられていることでしょう。その移住者が惹かれるのは、今の地域を支える住民たちです。



竹田市の移住政策



「人」に着目して移住による地域振興を積極的に進めているのが竹田市です。人口21,850人、65歳以上が40.1 %、全国市中 5 位です。75歳以上は25.22 %、これは 全国市中 1位です。5年ごとにおよそ2000人の人口が減少しています。危機感を背景に竹田市は、2009年に全国初の農村回帰宣言市を標榜して移住定住に力を入れてきました。2010年には農村回帰推進室を設置し、専任の移住定住担当職員を置きました。手厚い移住支援はまず慎重なマッチングから始まります。移住前に何度も来てもらい地域の人に引き合わせ、移住後も24時間365日のサポート体制を組んでいます。専任の担当職員のほかに、農村回帰マネージャーが常駐し、更に集落ごとの支援員もいます。また、創業支援などの金銭補助も行っています。廃校などの用途を廃止した公共施設を移住者の拠点として活用しており、空き家バンクの物件数も200軒以上、利用希望登録者は1000人以上に上るそうです。
廃校を利用したインキュベーション型貸工房



2010年から2016年までに250人が移住し、半数以上が20歳代、30歳代の若手です。地域おこし協力員も4期合計46名で、全国最多規模です。 
竹田市は工場を誘致するような広い土地のない盆地です。「企業誘致」ではなく「起業誘致」で、仕事をつくれる人(工芸家や起業家)に来てもらうという明確な政策意図をもって移住支援を進めています。今ではキーパーソンが人を呼び寄せ仕事を呼び寄せ、移住が進んでいるといいます。

別府市のアートによる地域振興

別府市のアートによる地域振興は、NPO法人BEPPU PROJECTがけん引してきました。代表的な事業としては、2009年、2012年、2015年の3回にわたり開催された別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」、2008年度から2016年度まで続けられた空き店舗を改修した中心市街地回遊拠点Platform の運営、2010年から続けられている市民文化祭「ベップアートマンス」などがあります。「混浴温泉世界2009」の舞台となった清島アパートはその後アーティストが住み着き、アーティストの移住拠点として運営されています。
BEPPU PROJECTのホームページから

Platform事業には、大分大学も参画して、築100年の長屋の耐震改修構造計算をしたり、Platformの一つでコミュニティカフェ運営を行ったりしました。Platformも清島アパートも、私が大分大学やNPO法人別府八湯トラストで行った空き店舗調査、空き家調査の中から生まれたものでした。このブログで紹介した浜脇の長屋もそうした取り組みの一つといえます。
http://mukuno-michiko.blogspot.jp/2017/04/blog-post.html
アートの動きは若い観光客を惹きつけるだけではありません。BEPPU PROJECTに公募採用されて移住してきたスタッフが、辞めた後もまちに定住して起業する例も見られます。
このように、別府市のアートによる地域振興は、賑わいづくりと観光客誘致にとどまらず、古いもの、使えないものと思われていた空き店舗や空き家に新たな価値を生み、新たな人が地域に入ってくることにつながりました。若い人、外の人の新たな目が地域を評価したことは、地元の人や高齢者に驚きを与え、異なる見方に気づくことにもなりました。そして、人々の間に新たなつながりも生まれてきました。


論点提起


シンポジウムでは、林玲子さんによる「少子高齢人口減少社会における地域移動の変化―九州の特徴」、阿部誠さんによる「地域の人材養成と大学―その機能と限界」、葛西リサさんによる「母子世帯移住支援事業―地方型シェアハウスの取組み―居住福祉学の視点から」、図司直也さんによる「農山村における地域づくりの主体形成と地域サポート人材の役割」の4つの報告が行われました。それらと私が紹介した3つの事例から、私は3つの論点を提起しました。

地域づくりと移住支援

地域づくりに移住者が必要とされていることは、私の報告した3つの事例全てから見えてきます。シンポジウムのなかで図司さんも、外部人材と地域住民の関わりが「交流」から「協働」へ、更に「移住」へとステージを重ね上げてきていることを指摘していました。そのためにはどういう支援が必要なのでしょうか。
葛西さんは、浜田市の母子世帯向け地方移住支援事業について、女性人口と子どもの数を増やし高齢者のケア問題を一気に解消できる可能性があり、都市部でのひとり親の貧困問題も解決できると、国からも高く評価され、メディアでも取り上げられていると報告しました。しかし、「一過性の支援のみで、定住率が高まるか?支援が切れた後の生活課題への策はあるか?」と課題を投げかけています。
移住の成功には、国東市で学生たちが「この地域の魅力は人」と言ったように、もとからの住民と移住者が「支えながら支えられる 支えられながら支える」関係づくりが、住宅提供や金銭援助にもまして重要なのではないでしょうか。そのためには、竹田市で展開されているような丁寧なマッチングとつなぎ役が必要です。それは、移住者を数でみる視点とは対極の、一人ひとりに寄り添う視点です。
もちろん、支え合いは旧住民と移住者の間だけではありません。竹田市で「キーパーソンが人を呼び寄せ仕事を呼び寄せる」といわれているような、移住者同士の支え合いを支援することも重要です。
移住支援にはそういう視点、住民と移住者の間の、移住者同士の、さまざまに重なり合う支え合いの地域づくりが求められているのです。

地域づくりと大学の役割


シンポジウムでは、「地方圏」における大学の役割についても議論されました。
阿部さんの報告によれば、文部科学省は、地方圏の大学の機能を地域の人材育成へ特化し、「地域が求める人材像と修得すべき能力を具体的かつ明確に目標設定」することを求めているようです。
改めて考えると、大学が「地方圏」にあることは、そこの住民や企業にとっては、①地元で大学に進学できる ②若い人が一定数、地域内に存在する ③他地域出身の者が転入する ④卒業生の中から定住する者がいる ⑤協働できる研究者が地元にいるなどのメリットがあります。
一方、「大都市」だけでなく「地方圏」に大学があることは、「大都市」の住民にとっても、①大学選択の幅を広げる ②都市部出身の者が「地方圏」の生活を体験できるなどのメリットがあります。
医師や教員などについては地域の人材養成の期待に応える必要も確かにあるでしょう。しかし、文部科学省が進めているように地元の求める人材養成に特化した大学が学生にとって魅力的かどうかは疑問です。また、地域の今の産業構造に合わせた人材だけでなく、求められているのは新たな仕事をつくれる人材であり、それは修得すべき能力を具体的かつ明確に目標設定できるようなものではないでしょう。人材の多様性こそが「地方」活性化に求められており、外国も含めた多様な地域出身の多様な文化背景を持つ若い人たちが共に学ぶことの重要性を軽視してはならないだろうと思います。

地域づくりと政策

それでは地域づくりにはどんな政策が求められるのでしょうか。
社会保障では1980年代から地域重視の流れが続いています。
「社会保障と地域」http://mukuno-michiko.blogspot.jp/2016/10/blog-post.html
制度運営主体としての地方公共団体への地方分権、サービス整備圏域に着目した地域計画に次いで、近年は相互支援のための地域社会づくりが重視されてきています。例えば、2015年に介護保険の地域支援事業に創設された新総合事業や同年に始まった生活困窮者自立支援制度もこの流れにあります。
ここでは、コミュニティの側に立って制度を見回す視点が重要になってきます。制度を地域に当てはめるのではなく、地域に合わせて制度を使いこなすのです。その場合の制度は社会保障には限りません。交通政策であったり、地域振興政策であったり、文化政策であったり。大分大学福祉科学研究センターで取り組んできた福祉と他分野との連携研究はこの視点に立つものです。
一方、政策の側には何が求められるのでしょうか。それは、制度で詳細をつくりこむのではなく、現場の裁量に委ねる自由度の高い支援であり、それを可能とするような支援政策の包括化・総合化です。
同時に、モノやコトだけではなく地域づくりに取り組むヒトに対する支援です。制度に縛られて動くのではなく、軽やかにタテ割りを乗り越えて動ける人。地域おこし協力隊や介護保険制度の生活支援コーディネータ―などがこの例として挙げられます。もちろんあつてあったような単なる人件費補助にならないようにするには、効果を生むための人材育成が前提です
これまで、福祉政策とソーシャルワークの研究は別々に行われてきました。しかし、政策を機能させるソーシャルワークと、ソーシャルワークを機能させる政策づくりが求められている今、研究においても両者の融合・連携を進めていかなければならないことを参加の研究者の方々に訴えて、私の指定討論を終えました

2017/09/05

介護保険を活用して地域に移動支援を―その2



9月1日福岡県自治労会館で「移動・外出支援を多様な生活支援サービスで推進するセミナーin福岡」が開催され、パネルディスカッションのコーディネータをつとめました。参加者は154名、会場の後ろの壁ぎりぎりまで椅子を入れて何とか立ち見を解消するほどの盛況ぶりでした。主催はNPO法人の全国移動サービスネットワーク、昨年は12月に大分市で開催されました。


http://mukuno-michiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post.html 


市町村が住民と共にサービスを創り出す


参加者の大部分は九州管内の市町村の介護保険担当課と地域包括支援センターの職員です。小さな1民間団体主催の、厚生労働省職員も知名度の高い有識者も登壇しないセミナーに、こんなにも多くの行政関係職員が詰めかけることに、時代の変化を感じました。参加者からのアンケートは、「とてもよかった54」「まぁよかった27」「無回答4」=計85。
今までは、国の設計した制度を適切に実施するだけでよかったのに、今や市町村が地域住民ととともに地域に合ったサービスを創り出していかなければならない、それが単なるお題目ではなく、切実な行政課題として見えてきたのだと思います。2015年の介護保険法の改正で給付対象外となった要支援の方たちに対してどのようなサービスをつくりだすかが、市町村に問われているのです。
残念ながら、とりあえず、今まで介護保険の給付としてデイサービスをしていた事業所にそれより安い単価でデイサービスを委託して受け皿とした市町村が多いようです。しかし、それだけではすまないことも分かっています。住民主体の居場所をつくっていかなければ、この超高齢化・人口減少は乗り切れません。また、自家用車を運転しない高齢者が買い物や通院の足に困っているのはどこの地域でも同じです。今までは、それは介護保険担当の仕事ではない、と言って済んだのですが、介護保険の総合事業の中に移動支援のメニューが組み込まれたとなると、そうも言えません。それに、居場所をつくってもそこまでの送迎がなければ来られない人がたくさんいます。白タク行為になると困るし、どこかにいい先行事例はないだろうか、参加した市町村職員の気持ちはそんなところでしょうか。
でも、大切なのは、どこかの仕組みをそのまま真似ることではなく、①地域のニーズをできるだけ具体的に、つまり、誰がどこに行くのに困っているのかを把握し、②移動を支援してくれそうな人や団体を見つけ。③それをもとに仕組みを考えることです。そのプロセスが大切なのです。


大分県国東市の住民によるカフェと送迎



セミナーでは、国東市の竹田津くらしのサポートセンター「かもめ」の会長坂口弘道さんが、住民が始めたカフェと移動支援の話をしてくれました。私が国東市の竹田津で開催された「くらしを考える勉強会」に講師として伺ったのは、昨年の5月でした。
http://mukuno-michiko.blogspot.jp/2016/06/ 
毎週の勉強会、それから住民が全世帯を訪問しての1世帯1時間ほどかけた聴き取りのニーズ調査、先進地視察、実験実施、安全運転講習を経て、12月には設立総会を立ち上げ、1月からはカフェと食事会(送迎付き)が始まりました。
カフェはスタッフが楽しい場所、だからみんなに来てほしい、来られない方がいるから送迎する、と坂口さんはおっしゃっていました。今やカフェのボランティアスタッフは人口1000人の地域で40名だとか。そもそも、会長さんの定年後の夢は喫茶店を始めることだったそうで、夢が叶ったと嬉しそうでした。そして、好きだったギター演奏をカフェで披露したのですが、他の住民もそれぞれいろいろな特技を披露して、カフェでミニ講座も始まりました。

セミナーの資料から

仕組みとしては介護保険法の一般介護予防を使い、道路運送法上は登録も許可も不要なサロン送迎等の自家輸送ですが、先例としたいのはその仕組みというより、住民が一から立ち上げたプロセスです。背景には超高齢化・人口減少への住民の強い危機感があったといいます。もちろん、黒子としての社会福祉協議会職員の活躍、そして大分県や国東市からの支援もも忘れてはなりません。


山口県防府市の社会福祉法人による送迎

セミナーの資料から




セミナーでは、山口県防府市の高齢福祉課政策担当主幹の中村一朗さんも、事例の紹介をしました。仕組みをいえば、介護保険上は、通所サービスに、社会福祉法人が地域貢献として車と運転手を出して行う送迎をDとして組み合わせたもので、道路運送法上は国東市と同じ自家輸送です。
社会福祉法人に法的責務が課された地域貢献の一環として送迎を行う例はほかにもあります。例えば大分県竹田市では2つの社会福祉法人と1つのまちづくり系NPOが一緒になって新たなNPO法人を立ち上げ、社会福祉法人が車とスタッフを出して居場所への送迎などを始めました。
ただ、防府市は、行政がしかけた仕組みづくりのプロセスが素晴らしいのです。だから、住民も運営を手伝い、企業は場所を提供して協力しています。セミナーで飛び出した中村課長の名言を紹介します。
・地域ケア会議はやる気のある人を見つける場
・会議でアイデアは出ない。雑談の中でアイデアは出る。拾ったアイデアを形にする。
・サービスを押し付けない。地域が選び、地域が事業者に協力を頼む。行政には断れても地域に断われる事業者はいない。
・ちょっとテストとしてやってもらう。やったらメンツから撤退できない。
・地域格差はあるもの。やるべき地域からではなく、やりたい地域から始める。
・身近に成功例ができればやりたくなる。



佐賀県みやき町の福祉有償運送団体



もう一つセミナーで紹介されたのは、福祉有償運送が制度化する前から、20年来、ボランティアによる移動支援をやっているNPO法人中原たすけあいの会です。福祉有償運送と登録不要の無償運送の両方を行っています。福祉有償運送は対象者が限定されているので、それでは対応できないニーズに無償運送で対応しているのです。会長の平野征幸さんも、移動支援だけでなくお互いに楽しむ場としての居場所づくりの重要性を述べておられ、居場所がボランティア活動の拠点となっているとのことでした。

セミナーの資料から

中原たすけあいの会の移動支援は、年間利用延べ人数が約5700人で有償と無償が半々ですが、収支はどちらも赤字です。国土交通省の全国調査でも福祉有償運送団体の約1/3が赤字で、団体が行っている介護保険事業等から補てんしています。
全国移動サービスネットワークが行った調査によれば、福祉有償運送団体のうち、総合事業の担い手になってもいいが27%、条件次第というのが38%で、合計すると約65%がなってもいいという回答でした。
 市町村の介護保険担当者はこれまであまり福祉有償運送団体とはおつきあいがありませんでしたが、福祉有償運送団体は住民主体の移動支援の老舗です。行政が協力を依頼しにくければ、地域の住民から協力を依頼するという、中村さん推奨の方法もあります。また、もし手いっぱいで総合事業の担い手自体にはなる余裕がなくても、協議体に参加してもらえば知恵をもらえるかもしれません。
全国移動サービスネットワークの委員会では、今後、福祉有償運送団体が介護保険の移動・外出支援を担うための条件整備などについて研究を進めることとなっています。

2017/08/22

障害のある人たちのアート活動の支援

障害のある人たちのアート活動を支援する、障害者芸術文化活動普及支援事業が厚生労働省の補助を受けて大分県内でも始まりました。


大分大学での取組み

障害者アートについては私も研究テーマの一つとして大分大学福祉科学研究センターの教授時代から取り組んできました。

2008年 イギリス、アメリカのダンサーを講師とした障害者のダンスワークショップ開催
2012年、2013年、2014年 障害者アートをテーマの一つとしたフォーラムの開催
美術作品の展示、詩作品を歌にしたコンサートを同時に実施。
福祉、医療、芸術、産業の各分野の大学教員、実践者、行政、経済界など幅広い関係者による実行委員会を組織してネットワーク化
2014年 アートミーツケア学会の大分大会 障害のある人の美術作品の展示や視聴覚に障害のある人たちと共に絵画と音楽を楽しむ企画も実施
2014年 大分市文化・芸術振興計画の策定を委員長として取りまとめ
2016年 財団法人たんぽぽの家が主催する障害者アートのデザイン化、商品化の取り組みGood Job! セミナーの大分県立美術館での開催に協力
大分県内の障害者芸術文化活動支援の調査結果を報告
http://mukuno-michiko.blogspot.jp/2016/03/blog-post_7.htm
2016年 九州大学と連携してソーシャルアートラボを開催
社会の課題にコミットする県内アーティストをネットワーク化 



大分県内の課題

事業所・病院によるアート活動への支援の格差

大分県内の障害者アートへの支援は、個々の事業所の取り組みが中心となっていて、事業所の規模、財政状況等により大きく異なり、格差があります。指導者として専門のアーティストを雇用したり外部から来てもらって支援に当たったりしている事業所もあれば、たまたま関心のある職員が手探りで支援を行っている事業所、さらには、まったく支援を行っていない事業所まであります。支援のための研修事業等に呼びかけても関心を示さない事業所、関心はあっても職員を参加させたり、支援を行う余裕がない事業所も多いようです。
また、大分県は全国的にみても精神病院の長期入院患者がきわめて多いのですが、長期入院精神障害者のアート活動に対する支援はほとんど行われていません。
利用している事業所・病院が支援を行っていなければ、障害者が利用できるアート活動の支援はほとんどなく、障害者アートのすそ野は広がっていません。


アートしての評価、認識の低さ

支援を行っている事業所でも積極的に作品の発表を行っている事業所は少ないです。行っている場合も鑑賞に来る方は利用者家族や福祉関係者が主で、外部に対する発信力は高くありません。展示のし方も利用者間の公平に過度に配慮し、芸術作品としての見せ方になっていない場合も多いようです。大分県が行っている障害者アートの「ときめき作品展」も同様の課題を抱えています。
基本的には、ほとんどの事業所で作品がアートしての評価がされておらず、保管に対する配慮が不十分な様子です。また、著作権についての意識も低く、外部から作品の発表を呼びかけた場合、「うちの施設では外には出さないことにしています」と、事業所が本人の意向を十分確認せずに発表の諾否を決めることもみられます。また、私が在籍していた大分大学福祉科学研究センターではポスターやチラシに積極的に障害のある人たちの作品を用い、使用料も支払っていましたが、残念ながら大分県のような公的機関も含めて作品を冊子の表紙等に用いても使用料を支払うことはないようです。



こみっとあーと

このように、県内では、障害のある人たちのアート活動の支援、作品の芸術としての評価はまだ十分でありません。しかし、全国的には、障害のある人たちのアート活動は、施設の余暇的活動を中心とした生きがいづくりやリハビリ向上のためのものから障害のある人たちの個性や才能に目も向けたものへと変化してきています。
2020年のオリンピック、2018年の国民文化祭・全国障害者芸術・文化祭の県内開催に向けて大分県内のこのような状況を変えるため、県内の障害者アーティスト団体「元気の出るアート!」の事務局が厚生労働省の補助を受け、障害者芸術文化活動普及支援事業「こみっとあーと」に取り組むことになり、私も、企画や補助申請、立ち上げに協力しました。










事業は、次の3つからなり、そのキックオフイベントとして、8月19日に「こみっとあーとセミナー」が開催されました。
1)セミナーやオープンアトリエでの実習による、支援する人材の育成
2)施設等の調査による芸術作品の発掘と評価・発信
3)障害者アートを支援する事業所等への相談支援
この中でもとくに重要なのは、人材育成です。今までも、単発のアートマネジメントセミナーやアーティストの社会福祉施設への派遣などは行われていましたが、セミナーと実習を組み合わせた、障害のある人たちのアート支援にしぼった研修プログラムは、大分県内初めてです。セミナーには、課題として挙げた著作権保護についての講義もあります。また、実習は、県内4か所の施設で開催される地域の障害のある人たちに開かれたオープンアトリエと1か所の精神病院に出張して開かれるアトリエで行われます。課題だった、これまでアート活動の支援を得られなかった人たちも、創造活動の場と仲間を得ることができます。実習生は、講師とともにアート活動を支援しながら、創造性を妨げない指導などの障害のある人との関わり、用具・材料の知識、造形活動の実践、作品の展示方法などを学んでもらいます。アトリエ実習は9月から、各施設4回行われます。




来年の全国障害者芸術・文化祭大分大会が一過性のイベントとして終わるのではなく、そのレガシーをしっかり残していくためには、大分県内に障害のある人の芸術活動を支援する人材が根付き、育っていくことが求められています。