椋野美智子の研究室にようこそ

椋野美智子の研究室にようこそ。この部屋では、社会保障や地域と福祉について椋野美智子がかかわったこと、考えたことをお伝えしていきます。

2018/02/04

社会に還流する脳科学、そしてソーシャルワーカーの工夫



副会長を務める日本医療社会福祉学会は201799日・10日に第27回大会を開催しました。大会を終えて会員向けの日本医療社会福祉学会ニュースの巻頭言で述べた内容を紹介します。
日本医療社会福祉学会では「社会に還流する脳科学、そしてソーシャルワーカーの工夫」をテーマに掲げて、第27回大会を盛会裏に終えました。
チャレンジングなテーマでしたが、基調講演では、虫明元先生がヒトの多様性とその背景にある脳の仕組みについて、最新の脳科学の知見をわかりやすく社会に引きつけて提示くださいました。排除を受けると脳の痛みにかかわる部位が実際に活動すること、事物にかかわる集中する脳「エグゼクティブネットワーク」と、人にかかわる想像する脳「デフォルトモードネットワーク」が、シーソーのように交替で活動していることなど、次々に披露される脳科学の知見は、社会福祉を専門とする者にもきわめて興味深いものでした。
続くシンポジウムでは大熊由紀子氏の絶妙なコーディネートによって各分野の創造的なソーシャルワークの事例が引き出され、そして、その一つひとつの取組みがまた虫明先生によって脳科学の知見に結び付けて根拠付けられていき、まさに知的刺激に富んだスリリングな展開の1日目でした。
 2日目の事例部会では、磯野真穂氏が、会場の参加者も含めたソーシャルワーカーと対話しながら、一つの事例をじっくりと文化人類学さらには脳科学の視点も交えて照射してくれました。顕れてきたのは、「自宅」を交換可能な「空間」とみる他の医療スタッフと、固有の意味をもつ「場」とみる患者とソーシャルワーカーの違い、「患者のために」物語を書き換えてしまう他の医療スタッフと、「抵抗」という形でしか自己の物語を描けない患者の、その「抵抗」の中に能動性を見出し喜びとするソーシャルワーカーの違いでした。もちろんそれは善悪の問題ではなく、一般化しシステム化する視点、一人ひとりの固有の生に固執する視点、その両者とも、まさに脳の異なるネットワークに裏づけられた、医療にも社会にも必要な視点であり、創造性の源なのです。

 創造的なソーシャルワークを

 高齢化・人口減少が進むなか、福祉政策では、地域の重要性が増しています。しかし、管理され均質化された病院や施設と異なり、地域はまさに多様であり、そこで行われるサービスや支援の詳細を制度でつくりこむことは限界に来ています。従来、ともすれば制度の枠内での支援の当てはめに終始する援助者も多く、制度もそれを前提としていましたが、最も新しく創設された社会福祉制度である生活困窮者自立支援制度は、包括的・個別的、早期的・継続的、分権的・創造的な支援を援助者に求めており、これは今後の社会福祉制度の基本的方向性を示すものと考えることができるでしょう。今大会のテーマに引きつけていえば、制度の本質は一般化・システム化することにあり、それを固有の意味を持つ人の生に引き寄せて活用するのは、現場の援助者たちの役割です。創造的なソーシャルワークへの期待は大きくなっています。
今大会のテーマは、ソーシャルワーカーの工夫=創造性の特徴を脳科学や文化人類学という他領域の知見の光を充てることにより可視化し、自らの創造性を磨くとともに、他領域の者にも説明可能なものとして言語化しようとしたものでした。それは、常に多様な専門職と協働する保健医療分野のソーシャルワーカーがその協働の質を高める上でも重要なことです。どこまで成功したかは参加者お一人おひとりの判断に委ねるしかありませんが、このチャレンジングな企てに参加することによって受けた様々な知的刺激を糧として、会員の皆様がその実践、研究に、より一層の創造性を発揮されることを願っています。
最後になりましたが、基調講演の講師を務めていただいた虫明元先生はじめ講師の方々、大会実行委員、参加いただいた会員の皆様、そして会場をご提供くださった上智大学に心から感謝申し上げます。