椋野美智子の研究室にようこそ

椋野美智子の研究室にようこそ。この部屋では、社会保障や地域と福祉について椋野美智子がかかわったこと、考えたことをお伝えしていきます。

2017/07/17

こども保険の可能性

保育所等待機児童

厚生労働省「保育所等関連状況取りまとめ(平成29年4月1日)」
私の住む大分市の保育所等待機児童数は、今年4月、昨年より更に上がって全国第7位です。6位までを占めるのはほとんどが東京都、千葉県、兵庫県など大都市圏の市町村で、大分市の突出ぶりは目立ちます。ただ、全国的にも保育所等の定員の増加にもかかわらず待機児童数は増加しています。
その解消を財源面から進めるものとして、自民党の小泉進次郎議員が提唱しているのがこども保険です。政府が6月に決定した「経済財政運営と改革の基本方針2017」にも、「幼児教育・保育の早期無償化や待機児童の解消に向け、財政の効率化、税、新たな社会保険方式の活用を含め、安定的な財源確保の進め方を検討し、年内に結論を得」と書かれました。
これについて「週刊社会保障2931号」(2017年7月10日)に、「こども保険の可能性―子ども・子育て支援施策のグランドデザインを―」という論文を掲載しました。その内容を一部紹介します。


なぜ「こども保険」が提唱されるのでしょうか

以前、このブログにも書きましたが、子育てや家族を支える公的支出のGDP(国内総生産)に占める割合は、日本はヨーロッパの2分の1から3分の1です。しかし、今の日本の財政支出の半分は国債で賄われています。今後さらに高齢化が進み、財政支出の約4割を占める社会保障関係費が増加していくなかで、子ども・子育て支援政策のための費用を抜本的に拡充するには、どうしても新たな財源の確保が必要です。消費税増税も選択肢の一つですが、消費税の8%から10%への引上げは既に2度、4年間も延期され、予定どおりに2019年10月に10%に引き上げられたとしても、その使途はもう決まっているのです。とすると10%から更なる引き上げが必要になるのですが、それがいつ実現するかはわかりません。子ども・子育て支援政策の抜本的拡充は消費税の引上げを待ってはいられません。だから、こども保険が提唱されたのです。


こども保険には強い反対論があります

こども保険の反対論の第一は、子どもをもたない家庭は負担だけになる、負担者と受益者が一致しない、ということです。もちろん、医療保険でも負担者と受益者が一致しているわけではありません。病気にならずに保険料を払うだけの人もいます。ただ、生涯、病気にならない、医療を受けないという人はほとんどいないでしょう。誰もが病気になる可能性をもっています。そして病気になった時に医療を保障してもらう、いわば安心のために保険料を納めるのです。
これに対して、子どもは生涯もたない人も確かにいます。しかし、結婚は出会い、こどもは授かりものということもまた否定できません。子どもをもつことは意思の力で完全に左右できるものではなく、養子まで含めれば子どもをもつ可能性は誰にでもあります。だから子どもをもった時に子育てを支援してもらえる、その安心のために保険料を納める制度をつくることは可能だと私は考えます。


反対論の第二は、ある意味では第一と逆になりますが、子どもをもつ可能性がない高齢者が負担しないことへの批判です。たしかに、誰もが子どもをもつ可能性があるといっても、さすがに高齢者に保険に加入してもらうことは無理でしょう。反対論は、高齢世代が負担しないで、これ以上現役世代だけに負担を課すのは公平ではない、というものです。私もこれには賛成で、高齢世代にも何らかの形でこどものための新たな負担をしていただく必要はあると考えます。それには、保険料としてではなく拠出金として、反対給付のない負担を高齢者にしていただくのがいいのではないでしょうか。後期高齢者医療制度に対して現役世代が医療保険の保険料の中から支援金を拠出している例もあります。


保険料で得られた財源で何をするのでしょうか

けれども、そんな制度の技術論よりも、大切なのは、新たに保険料として得た財源で何を給付するのか、子育て世帯にとってどんなメリットを差し出せるのかでしょう。冒頭に述べた基本方針には、「幼児教育・保育の早期無償化」と「待機児童の解消」が挙がっています。
保育所等の建物や運営にかかる費用は事業所内保育所等を除いて保育所利用者の負担と税で賄われています。こども保険で得られた財源を「待機児童の解消」のために新たに整備する保育所等の整備や運営に必要な費用にあてるのでしょうか。しかし、今までの保育所等の運営費は税で、新たに整備された保育所等の運営費は保険で、というのは理屈がありません。介護保険では利用者負担を除く費用の半分を税金で、残りの半分を保険料で負担しています。そういうふうに既存の保育所等も新たな保育所等も含めて、保育所等にかかる費用全体の財源を税と保険料で割合を決めて負担することになるでしょう。保険によって抜本的にサービスが拡充されて、保育所等に確実に入れるようになれば、安心して子どもが産めます。


幼児教育・保育の早期無償化より優先すべきことがあります

もう一つの使途として、「幼児教育・保育の早期無償化」が挙げられています。もちろん、保育は介護や医療などに比べて利用者負担が高すぎます。特に中所得以上の家庭の負担が重いです。医療保険や介護保険ではどんなに高くても実際にかかった費用の2割から3割ですが、保育の場合は所得が高いと、かかった費用全額(1人当たり最高約10 万円)が利用者の負担です。これは下げるべきだと私も考えています。しかし、高所得者の保育所等の利用料を無料にする必要があるとは思えません。どう考えても、子どもの貧困対策や虐待予防など、ほかに優先すべきことがあるように思います。
ただ、子どもの貧困対策や虐待予防などは、なかなか保険にはなじみません。必要としているのは一部の子育て家庭だけで、誰もが必要とする普遍的サービスとはいえないからです。また、その人が保険料を支払っていなくても、むしろ、どちらかといえば保険料を支払っていない家庭の方が、子どもの貧困対策や虐待予防は必要としているからです。


大切なのは子ども・子育て支援のグランドデザイン

では、こども保険ができても貧困対策や虐待予防施策は拡充できないのでしょうか。そんなことはありません。こども保険で確保された財源をそのままこれらの施策に充てることはできませんが、保育のような誰もが必要とする普遍的サービスに保険料を充てることにより、浮いた税財源を子どもの貧困対策や虐待予防に投入すればいいのです。そのためには、こども・子育て支援施策のグランドデザインを描き直し、どのサービスに保険料を充てるか、どのサービスを税で負担するかを整理し直さなければなりません。
安心して子育てできる総合的な子ども・子育て支援施策のグランドデザインを提示し、こども保険の創設によってそれが達成できると納得できて初めて、新たな保険料の負担を国民も受け入れることができるのではないでしょうか。