椋野美智子の研究室にようこそ

椋野美智子の研究室にようこそ。この部屋では、社会保障や地域と福祉について椋野美智子がかかわったこと、考えたことをお伝えしていきます。

2016/10/10

社会保障と地域

9月10日、11日の2日間にわたり、大分市の全労済ソレイユを会場にして日中韓社会保障論壇が開催されました。2006年に第1回が開催され、今年は第12回に当たります。昨年の韓国での開催には私も参加し、今回は実行委員の1人として開催準備に当たりました。中国、韓国から各30人弱、日本からは約50名、合計100人ほどの社会保障の研究者が集まりました。
そこで私が行った報告を以下に掲載します。



社会保障における地域の重視

2013年の社会保障制度改革国民会議報告では、社会保障制度改革の方向性として「地域づくりとしての医療・介護・福祉・子育て」「21世紀型のコミュニティの再生」と書いている。社会保障制度の中でここまで大きく「地域社会」に言及したのは初めてである。本稿では、日本の社会保障制度で次第に「地域」が重視されてきたことを概観し、「地域社会」づくりについての今後の課題を考察する。
社会保障における「地域」の重視は3つの局面をもつ。第1は「地方分権」である。そこでは「地域」は制度運営主体としての地方公共団体を意味する。第2は「地域計画」である。ここでは、「地域」はサービス整備が行われる圏域を指す。第3は「地域づくり」である。ここでは、「地域」は支え合いが行われる地域社会を指す。ここで考察の対象とするサービスを提供する社会保障制度は①医療・保健を提供する医療保険、②介護・介護予防を提供する介護保険、③医療・介護を提供する生活保護、④障害者介護・就労支援、保育、児童養護、児童自立支援を提供する社会福祉制度の4つである。


地方分権

社会福祉諸制度の運営主体を国から地方公共団体に移行する「地方分権」の第1段階は、1986年、地方公共団体の長が国から委任されて制度運営を行う機関委任事務から、地方公共団体自体が国から委任されて制度運営を行う団体委任事務への変更である。これによって、制度運営に地方議会の関与がなされることとなった。地方分権の第2段階は、1999年、団体委任事務から、地方公共団体がその本来の事務として運営を行う自治事務への変更である。ただし、生活保護については、国の事務として残り、国から法律により委託されて地方公共団体が実施する法定委託事務となった。さらに、地方分権として、社会福祉諸制度の運営主体が地方公共団体の中でも都道府県からより住民に近い市町村に移行した。1993年には老人福祉と身体障害者福祉が、2003年には知的障害者福祉が、2012年には障害児通所サービスが市町村に移行した。


地域計画

一定の圏域を設定してニーズ調査等に基づき数値を入れたサービス整備計画としての「地域計画」は、1986年、地域医療計画を嚆矢とする。日本では病床整備は民間中心に行われており、過剰な病床が医療費の増高を招いたため、都道府県が圏域を設定して必要病床数を算定し、それを超える場合には病床整備を認めない地域医療計画制度が1985年 に導入された。広域市町村域を第2次医療圏、都道府県域を第3次医療圏として作成された。1993年には、老人保健福祉計画が都道府県域と市町村域で作成され、2000年創設の介護保険でも保険者である市町村がサービス整備のための介護保険事業計画を策定し、都道府県は介護保険事業支援計画を策定することとなった。介護保険事業計画はさらに2006年には日常生活圏域でも作成されることとなった。さらに、2003年には、地域福祉(支援)計画が、2005年には次世代育成支援行動計画が、2007年には障害福祉計画が都道府県域と市町村域で作成されることとなり、2015年には、子ども・子育て支援事業計画が都道府県域、市町村域、さらにそれより小さい教育・保育提供区域で作成されることとなった。


地域重視の背景

このように、「地域」の重視が進んだのは、制度が成熟して費用が増加する中で効率化が要請され、全国一律ではなく地域ごとの事情に応じたサービスの整備を地方公共団体が責任を持って実施することが必要になったからである。圏域ごとにニーズに基づいて不足するサービスを整備し、サービスが過剰な場合は新たなサービス整備を抑制する。


地域づくり

しかし、冒頭で述べたとおり、近年、地域の実情に応じた制度運営のための「地方分権」、圏域内のバランスの取れたサービス整備のための「地域計画」にとどまらず、支え合いを可能とする「地域社会づくり」が求められ始めている。例えば、2015年には介護保険の地域支援事業に新総合事業が創設され、市町村域、日常生活圏域に支えあいの地域づくりのためのコーディネーターを配置し、協議体を設置することとされた。また、2015年に始まった生活困窮者自立支援制度で、厚生労働省は、包括的な支援 早期的な支援 創造的な支援を掲げ、社会資源が不足すれば創造していくという、新しい形の「地域づくり」がこの制度の目標とする。


地域づくりが求められる背景

地域づくりが求められる背景には、第1に、少子化により家族・親族の支援が減少し、非正規雇用の増加で職場の支援も減少していることがある。具体的には、少子化により子世代の親への支援、兄弟姉妹相互の支援、そして未婚化・離婚の増加により配偶者の支援が減少している。また、職場では非正規雇用が増大し、福利厚生による支援や、制度外の同僚や後輩先輩による支援も弱まった。それらが社会的孤立を増加させ、個人を包摂し相互に支援する地域社会への期待を高めたといえよう。
第2に、ケアの在り方が入院や施設入所から地域生活中心へ移行し、制度によるサービス提供だけでは生活が困難なことがある。また、入院や施設入所給付費用の増大から効率化が要請され、ノーマライゼーションの考え方の普及や慢性疾患の増加などの疾病構造の変化とも相まって、ケアの在り方が入院・施設入所から地域生活へ移行しようとしているものの、一人暮らしや高齢者夫婦世帯が増加する中で医療・介護等の制度による専門サービスだけでは地域での生活を支きれない。そのため、医療・介護・予防・住まい・生活支援を包括する地域包括ケアが志向され、相互に生活支援を行う地域社会への期待を高めているのである。


地域づくりの課題

「地域づくり」については、「地方分権」や「地域計画」のような政策手法は確立していない。課題の第1は縦割り制度の地域における総合化である。それは、包括的な相談支援システムであり、総合的なサービス提供である。2015年9月に厚生労働省 新たな福祉サービスのシステム等の在り方検討プロジェクトチームがまとめた「誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現―新たな時代に対応した福祉の提供ビジョンー」では、具体策として、小さな拠点づくりや施設・人員基準緩和や補助金返還免除基準緩和を挙げている。
課題の第2は「地域社会」に関わる市町村、専門職、地域住民それぞれにおける人材の質・量の確保である。国の通知のとおりに制度を実施するのではなく、地域のニーズに合わせて制度を活用し、必要があれば制度をつくれる市町村職員、ニーズに合わせて他の職種や地域住民と協働し、必要があれば制度づくりの提言や社会資源開発ができる専門職が必要である。そのための、研修や養成課程の見直しも欠かせない。一方、地域社会の支え手は高齢化が進む。支える側と支えられる側を区分するのではなく、例えば移動支援を受けてサロンで食事づくりをするなど、支えられながら支える仕組みが必要である。多世代が集うサロンで子育て中の親や引きこもりの若者が支えられることもある。何よりも若い世代を地域社会へ包摂する基盤はワークライフバランスである。


まとめ

サービスを提供する社会保障制度では、1980年代から地域重視の流れとなり、制度運営主体として地方公共団体への地方分権、サービス整備圏域に着目した地域計画が進められてきた。近年、相互支援のための地域社会づくりが重視されてきているが、政策手法が未だ確立されておらず、縦割り制度の総合化と、地方公共団体職員、専門職、地域住民それぞれの人材の確保、育成が課題となっている。