椋野美智子の研究室にようこそ

椋野美智子の研究室にようこそ。この部屋では、社会保障や地域と福祉について椋野美智子がかかわったこと、考えたことをお伝えしていきます。

2016/04/11

障がいのある人もない人も心豊かに暮らせる大分県づくり条例

条例の成立

4月10日に開催された「だれもが安心して暮らせる大分県条例をつくる会」第5回総会に参加しました。障がいのある人、家族、学識経験者、サービス事業者、議員など様々な関係者80人ほどが参加し、条例の成立が報告され、これからの方針が決められました。
開催場所の大分県総合福祉会館に車で到着して、まず県会議員の守永信幸さんが駐車場係をしていることに驚きました。会が終わってからの片付けも、県議も共同代表の徳田靖之弁護士も平野亙准教授も、もちろん私も一緒にしました。このことが象徴しているように、とてもフラットな会です。
会は2011年6月に発足しました。会としての条例案をまとめるまでに2年、県議会に請願を提出して採択されるまでに1年、さらに県が条例検討協議会を設置して検討し、条例案を議会に提出して可決成立するまで2年、計5年間の取り組みが実った条例成立でした。
徳田さんが総会で言っていたとおり、ただ条例をつくるだけならもっと短期間でできたかもしれません。でも、会は事例から学ぶことを大切にして、アンケートと聴き取りを重ね、寄せられた1200人以上の声をもとに、地域ごとに班をつくり議論を重ねて条例案にまとめていきました。それが条例の全会一致の成立につながったのでしょう。
大分県の審議会や検討会はサービス提供側の委員が多く、また、身体障がいについては当事者も参加していますが、知的障がい、精神障がいについては家族は参加していても当事者の参加はありません。多くの場合、県が出す案に若干の質問や要望をして了承です。この会が、当事者を中心に家族や学識経験者や事業者が水平な関係で参加し、事例をもとに政策づくりの姿勢で議論を重ねてきたことは本当に素晴らしいことです。それだけに時間もかかり関係者の負担は大変なものだっただろうと思いますが、その経験は、条例を活用してこれから大分県の障がい者福祉を推進する上で大きな力となることが期待されます。
会は、名称を「だれもが安心して暮らせる大分県をつくる会」と変え、今後の方針として、①県内すべての市町村で条例づくりを進めること、②残された課題の解決のための検討の場の設置を県に求めることが提案され、了承されました。
条例の成立を心から喜び、関係の方々のご努力に敬意を表したいと思います。


条例の内容

成立した条例には、前文がつけられて、「恋愛、結婚、妊娠や子育て等人生のあらゆる場面において、それぞれの選択を尊重する」「「自らの意思により選択することを妨げられ、将来の夢や希望をあきらめざるを得なかったり」「障がいのある子の親が子を残して先に死ぬことはできないと切実に思い悩む」等切実な当事者や家族の声が反映されました。
一方、具体的施策として盛り込まれたのは、専門相談員を置いて差別があった時に相談に応じ、調整し、解決しない場合は大分県障害者施策推進協議会のあっせん、知事による勧告、氏名等の公表を行うことです。その専門相談員も2名体制での発足と聞きました。具体的施策に乏しいことを平野さんは課題として挙げていました。
湯澤純一共同代表は条例について65点と評価しました。関係者それぞれに残念に思う点があるのでしょう。私として残念だったのは、女性の複合的差別と権利擁護についての規定が盛り込まれなかった点です。
障がい者であり、女性であることによる複合的差別について規定が盛り込まれなかった理由として、障害福祉課は、高齢者や子どもについても年齢に応じた対応が必要ということを理由として挙げています。しかし、特別の対応が必要ということと複合的差別があるということは同じではありません。高齢者や子どもに年齢に応じた特別の対応は必要ですが、だからといって、女性のように複合的差別があるわけではありません。協議会委員にも障害福祉課の担当にも女性がほとんどいなかったことが理解が得られなかった背景にあるのではないかと思います。
また、条例は専門相談員に「障がいを理由とする差別の解消」と「障がいのある人の権利擁護」に関して優れた識見を有することの二つを求めているにもかかわらず、専門相談員の業務にも他の部分にも、条例には権利擁護の施策についての規定が全くありません。もっとも、「障がいを理由とする差別の解消」には、差別があってからの対応だけではなく、予防のための取り組みまで含まれると解すれば、県はそのために必要な施策を講じるものとされ、障害者施策推進協議会にはその施策についての諮問答申の事務が追加されたので、実際上は、差別などの権利侵害の予防つまり権利擁護の施策についても規定されたことになります。


そしてこれから

ともあれ、これからは成立した条例を活用してしっかりと施策を進めることが大切です。
専門相談員にどんどん相談して2名では足りないという声が上がるようにしようとの意見もあったし、障害者総合支援法に基づき各市町村にいる障害者相談支援専門員の人から、自分たちも今は計画づくりに追われているが、差別解消の相談にも関わりたいとの発言もありました。障害者福祉の実施主体は市町村ですから、これからつくる市町村の条例で障害者相談支援専門員をそのように位置づけ、県と連携して差別解消相談の一次窓口として機能させることも一つの方法でしょう。
多くの関係者が集まり、フラットな関係で意見交換ができるこの会をバックに、審議会や検討会に当事者がどんどん参加して積極的に意見を述べ、施策づくりに関わり、大分県でも「Nothing about us without us(私たち抜きに私たちのことを決めないで)」が実現することを期待しています。