椋野美智子の研究室にようこそ

椋野美智子の研究室にようこそ。この部屋では、社会保障や地域と福祉について椋野美智子がかかわったこと、考えたことをお伝えしていきます。

2016/05/26

富士見が丘団地のおでかけ交通

富士見が丘団地にうかがいました

富士見が丘団地とのご縁は、2007年に私が大分大学福祉科学研究センターの教授として大分市と自治会の協力を得てコミュニティ基礎調査を実施して以来ですから、もう10年近くになります。
久しぶりにうかがうと、公民館の北側の空き地2200㎡がきれいに整備され、駐車場と芝生広場になっていました。公民館の駐車場として借りていた空き地を所有者が住宅用地として売却するとの話を聞き、「駐車場がなくなっては大変」と買い取った土地です。臨時総会を開いて、それまでの繰越金を使い、自治会費も世帯当たり80円引き上げることにして買い取りを決めたとのことですが、その判断の素早さや住民の団結力、資金力はさすが富士見が丘団地連合自治会です。草取りなどの管理も住民がボランティアでやっていて、さらに本格的に芝生愛好会を立ち上げようと考えているとのことでした。

このほかにも、富士見が丘団地連合自治会では、大分市の助成も受けて、空き家(といってもよく手入れされた庭のある立派な邸宅)を利用した第2公民館の設置や、団地内に幾人もいるアーティストによる自宅開放の絵画展示やコンサートなど、様々な活動に取り組んでいます。人柄のよさで住民をまとめる歴代の自治会長さんと、抜群の事務処理能力で10年目に入った公民館事務長さんのご尽力の賜物です。



その富士見が丘団地連合自治会でここ数年ずっと検討を続け、昨年3月にようやく実施にこぎつけた住民の移動支援「おでかけ交通」の実施状況についてお話をうかがいました。


おでかけ交通






富士見が丘団地は2016年4月末で世帯数3173世帯、人口7432人、高齢化率37%の団地です。大分大学の2007年の調査でも、地域の不便な点では「道が歩きにくい」「日常の買い物」「交通機関の利用」が上位にあがっていました。住民の65%が将来も住み続けたいと答えながら、施設入所等でやむなく団地を去る住民もいることから、住み続けられるシステムづくりの一環として連合自治会で移動支援に取り組むことになったと聞きました。

当初は住民が無償ボランティアとして支援しようと検討を始めたのですが、運輸支局や大分市交通対策課の指導で、最終的にはタクシー協会に支援を委託する形になりました。

利用は前日17時までの予約制で、月曜日と水曜日の午前午後各3便。自宅と団地内のスーパーマーケット前の路線バス停留所まで運行します。住民はそこで買い物をしたり、さらに路線バスに乗り継いで団地外に外出することが想定されているわけです。運輸支局としてはタクシーや路線バスを盛り立ててほしいとの意向があるようです。
対象者はバス停までの移動が一人ではできずに家族の送迎もない人で、自治会役員等で構成する審査会で審査し、登録します。要介護の人や付き添いが必要な人は利用できません。会費は年間1000円です。利用するときは、1回200円を利用者が負担し、実際のタクシー料金(団地内ですからほとんどワンメーター640円です)との差額を後で連合自治会がタクシー協会に払う仕組みです。別途1か月約1万円の事務費も連合自治会が協会に支払っています。3年間は市からの助成もあるようです。


実施は連合自治会の総会で決めたのですが、そのとき、若い人も負担する自治会費を一部の高齢者に使うのはいかがなものかという意見も出たそうです。それで、連合自治会では有価物の回収を収益事業として始め、その一部をこの事業に充てることにしました。
登録は11人、実利用人員は5~6人というのが現在の状況です。利用促進のためにチラシも全戸配布したそうですが、高齢者はチラシをなかなか読んでくれないので、ケアマネジャーや地域包括支援センターから口コミで広めてもらっているとのことでした。また、自治会役員や市も参加する懇話会を開催して利用者の意見を聞いています。「当日でも予約できるようにしてほしい」「運行を毎日にしてほしい」などの意見も出たそうで、もちろん利用する方にしてみれば便利に越したことはありませんが、それよりもっと大切なことは、せっかく作った移動支援の仕組みを広く必要な住民に利用してもらい、継続することです。懇話会でも利用者からそんな意見が出たとのことでした。

利用者が事前に調査した見込みより少ないのは、少し心理的なハードルがあるからかもしれません。100%認定しているとはいうものの審査があり、特別の人に対する連合自治会によるタクシー料金補助とも見えることが、利用への抵抗感につながっていることも考えられます。お声をかけたけれど利用を断った方がその後転んで骨折、入院した例があると、自治会役員さんは心を痛めておられました。また、対象となる方が参加できるサロンや体操教室などの活動が団地内にまだ少ないことも要因の一つでしょう。
そんなことも含めて、お話をうかがって思ったことは「住民の外出を促進したい、そのためには無償ボランティアでも取り組みたい」という住民の意を汲み、その志にもっと寄り添った形で行政が仕組みづくりに協力できなかったのだろうかということです。


住民による移動支援の全国の状況

移動や外出の困難は高齢化の進む地域ではどこでも抱えている課題ですが、それでは、支援は他の地域ではどうなっているのでしょうか。
現在、大分県には、当初富士見が丘団地連合自治会でも検討したような、住民のボランティアによる移動支援に取り組む団体が1つもありません。下の表は総務省九州管区行政評価局が2014年に出した福祉有償運送に関する実態報告によるものです。大分県は1団体になっていますが、ここも昨年3月末で撤退したそうです。ところが、県外をみると、実施団体は全国1741市区町村の57・7%に当たる1004市区町村にあります。埼玉、神奈川、大阪などは全ての市町村に団体がある一方、九州・山口では全293市町村の33・1%(97市町村)しか団体がありませんが、その九州・山口でも大分県以外では県内に複数の団体があるのです(2015年10月9日毎日新聞西部朝刊)。

富士見が丘団地連合自治会に限らず大分県内にもこれまで住民による移動支援について検討した団体がいくつもあったようですが、タクシーや路線バスとの調整ができなかったと聞いています。しかし、住民による移動支援は、既にタクシーや路線バスで外出している住民にタクシーや路線バスの替りに利用してもらうのではなく、今外出していない住民にもっと外出して社会参加してもらうために利用してもらうのが目的です。外出や社会参加は高齢者の認知症やうつや転倒予防など健康増進に効果があることは様々な研究が示しています。
また、近年、高齢者の運転による交通事故が増えています。運転免許証を返納すると日常生活に困ると返納をためらっている高齢者が移動支援によって安心して返納できれば、事故のリスクも減ります。

富士見が丘団地のようにタクシー協会に委託するだけの資金力をもつ自治会は多くはありません。
介護保険の改正でも、地域の支え合い活動の1類型に住民による移動支援が入り、その実現に向けて、現在、国東市の2地区で住民の勉強会が進んでいます。私も講師として協力しましたが、仕事の終わった後、夜7時からの勉強会に地区の人口(竹田津地区は約1000人、上国埼地区は約500人)の1割近い方が参加し、何よりもその熱心さに驚きました。国東市社会福祉協議会の職員がフットワーク軽く、先進地域や全国団体に情報収集に飛び歩き、その熱意に打たれて人口500や1000の地区の勉強会とは思えない講師陣がそろいました。一方、勉強会の参加に向けて住民をまとめているのは地区のリーダーです。

私は、移動支援に限らず、地域の支え合い活動が進むためには、やる気のある住民と、まとめ役と、制度との調整役が必要だと考えています。富士見が丘団地連合自治会には前二者は揃っていたのですが、残念ながら、制度との調整がなかなかうまく進まず、連合自治会の役員の方は本当に苦労されました。
昨年10月、これに関する運輸支局長の権限が大分県知事に移譲されました。今後、大分県が地域の実態をよく理解し、住民の志を活かして制度を活用できるよう調整してくれれば、住民による移動支援で気軽に外出、社会参加できる高齢者が増えると期待しています。